福岡県東峰村、英彦山のふもとで江戸前期から焼かれる民陶。轆轤を回しながら刻む飛び鉋・刷毛目が顔。十八世紀初めに当地の陶工が日田へ渡り小鹿田焼を生んだ=小鹿田の親。柳宗悦・リーチが「用の美」と評し、一九七五年、陶磁器で日本初の伝統的工芸品に。
神奈川県愛川町中津で、幕末から編まれてきた座敷箒。畑で育てたホウキモロコシの穂を、家々で一本ずつ手で編む。戦後いちど途絶えたが、二〇〇三年、種と技が畑へ戻された。名より、土地の一年が残る用の美の道具。
砥石の産地・伊予砥部で、砥石屑を原料に安永六年(一七七七)白磁の焼成に成功。ぽってり厚手で丈夫な白磁に、呉須の藍で唐草・太陽文を描く。特別でなく、ふつうの日のための「日用の美」。昭和五十一年、国指定伝統的工芸品。
天然秋田杉の柾目を薄く剥ぎ、煮て曲げ、山桜の樹皮「樺」で縫い留める秋田・大館の曲物。金具も接着も使わない。おひつは杉が調湿し、ご飯をもちもちに保つ。昭和五十五年、国指定伝統的工芸品。
栃木・益子の日用のやきもの。大塚啓三郎に始まり、濱田庄司が民藝を持ち込んで「民藝の町」に。鉄釉の柿(赤茶)に生成りの糠白を大胆に流し掛ける。1979年国指定。
那覇・壺屋のやきもの(やちむん)。1682年に三つの窯を統合して生まれ、無釉の荒焼と絵付けの上焼に分かれる。象徴は魚紋。民藝が救い、1976年に国指定。
弘前に伝わる漆器。仕掛けベラで凹凸をつくり色漆を四十数回塗り重ねて研ぎ出す「唐塗」の斑紋。あまりの手間から「津軽の馬鹿塗り」。
幕末の薩摩に生まれ、薩英戦争で途絶え、百二十年後に古文書から甦った色被せのガラス。命は断面の「ぼかし」。
百日雪の下の高原で、水辺の草・がまを編む。雪国の冬がつくった、用の手仕事。
大川組子——福岡・筑後川河口の指物木工。釘を使わず、檜などの細い木を組んで麻の葉や亀甲の幾何模様をつくり、障子・欄間・書院を飾る。二百を超える組手を伝える、家具のまち大川の象徴的な技法。
福岡・八女の盆提灯。継ぎ目のない一本の竹ひごを螺旋に巻き、光が透けるほど薄い和紙を貼り、花鳥風月を描く。2001年 伝統的工芸品指定、盆提灯の生産量は日本一。
久留米絣——福岡・筑後平野の手括り木綿絣。阿波藍で染め、投杼で織る。重要無形文化財、日本三大絣のひとつ。
阿波藍、天然発酵のすくも建て。いま流通するのは全体の一%ともいわれる。
湯の町の竹。別府で手で編まれる真竹——湯治客の籠から人間国宝の芸術まで。大分唯一の伝統的工芸品。
光を通すほど薄く、それでいて強い。岐阜・美濃の清流が漉いてきた、千三百年の手漉き和紙。
棚のためでなく、手のために。九州のひと谷で1705年から挽かれる、銘のない鉄黒の土。
岩手の鋳鉄——鉄瓶・急須・風鈴。日本初の伝統的工芸品指定(1975)。一度は消えかけ、いま世界で見直される鉄。
小鹿田の土は川へ、川は温泉へ、温泉は食卓へ。関係そのものが、巡る道になる。