NIPPON FOLK
特集 · Craft · Kyūshū

薩摩切子

Satsuma Kiriko
一度、歴史から消えた色。古文書から甦ったガラス。
薩摩切子

幕末の薩摩に生まれ、薩英戦争で途絶え、百二十年後に古文書から甦った色被せのガラス。命は断面の「ぼかし」。

ガラスに、色を封じ込める。

薩摩切子は、幕末の一大事業から生まれた。嘉永のころ、薩摩藩二十八代・島津斉彬は「集成館」と呼ぶ近代化の工場群を興し、その一角でガラスを吹かせた。透明なクリスタルに、紅・藍・紫・緑の色ガラスを厚く被せる。斉彬はこの色被せに成功し、薩摩切子は華やかに花開いた。

けれど、その命は短かった。安政五年(一八五八)、斉彬が急逝する。さらに文久三年(一八六三)、薩英戦争の砲火が工場を焼いた。職人は散り、技術は伝える先を失って——薩摩切子は、いったん歴史から消える。

途絶えたまま、百二十年あまりが過ぎた。昭和六十年(一九八五)、鹿児島の人々が、わずかに残る古文書と遺品を頼りに、この幻のガラスを復元する。甦った薩摩切子は、いま鹿児島県内のいくつかの工房で作り継がれている。

薩摩切子の命は「ぼかし」にある。色ガラスの層を厚く被せるから、グラインダーで文様を切り込むと、断面で色が濃から淡へ、そして透明へと流れていく。縁は深い紅、カットの奥は澄んだクリスタル。この一つの面の中のグラデーションこそ、シャープに切れる江戸切子にはない、薩摩だけの息づかいだ。八角籠目、魚子、菊——文様は光をこまかく砕き、底には菊の花が放射状に開く。

一度死んで、甦った器。その色の奥に、失われかけた時間が沈んでいる。

行くための情報

鹿児島県

場所鹿児島県(鹿児島市ほか・県内の工房)
時季通年(工房見学・体験)
アクセス鹿児島空港・JR鹿児島中央駅から各工房へ。

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掲載情報は公式の記載に基づきます(確認日: 2026年7月26日)。日程・内容は変更される場合があります。おでかけ前に公式の最新情報をご確認ください。

出典・参考 江戸切子・薩摩切子とは(四季の美) · 江戸切子と薩摩切子の違い(切子工房 箴光)