
福岡県東峰村、英彦山のふもとで江戸前期から焼かれる民陶。轆轤を回しながら刻む飛び鉋・刷毛目が顔。十八世紀初めに当地の陶工が日田へ渡り小鹿田焼を生んだ=小鹿田の親。柳宗悦・リーチが「用の美」と評し、一九七五年、陶磁器で日本初の伝統的工芸品に。
山あいの村に、轆轤の音が続いている。
福岡県東峰村。修験の霊山・英彦山のふもと、赤土の採れる盆地に、小石原焼の窯はある。江戸前期、福岡藩三代・黒田光之が肥前から陶工を招いたことに始まると伝わる。以来三百年あまり、この山里は、日々使うための器を焼き続けてきた。
小石原の器の顔は、轆轤を回しながら刻まれる文様にある。鉋の刃を当てて規則正しい削り目を連ねる飛び鉋。白い化粧土に刷毛を走らせる刷毛目。櫛で引き、指で描き、柄杓で釉薬を打ち掛け、細く流し掛ける。手が回転に触れたぶんだけ、模様が生まれる。図案を写すのではなく、動きそのものが装飾になる。
十八世紀の初め、この村から一人の陶工、柳瀬三右衛門が日田の山へ招かれ、小鹿田焼が生まれた。飛び鉋も刷毛目も、もとは小石原の技である。小石原は、小鹿田の親にあたる。
名もなき手が、名もなき人の食卓のために焼いた雑器。柳宗悦やバーナード・リーチも足を運び、その素朴な器に「用の美」を見た。一九七五年、小石原焼は陶磁器としては日本で初めて、国の伝統的工芸品に選ばれた。
派手な絵付けはない。あるのは、轆轤の一回転ごとに刻まれた、手の律動だけである。



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