神奈川県愛川町中津で、幕末から編まれてきた座敷箒。畑で育てたホウキモロコシの穂を、家々で一本ずつ手で編む。戦後いちど途絶えたが、二〇〇三年、種と技が畑へ戻された。名より、土地の一年が残る用の美の道具。
栃木・益子の日用のやきもの。大塚啓三郎に始まり、濱田庄司が民藝を持ち込んで「民藝の町」に。鉄釉の柿(赤茶)に生成りの糠白を大胆に流し掛ける。1979年国指定。
小鹿田の土は川へ、川は温泉へ、温泉は食卓へ。関係そのものが、巡る道になる。