NIPPON FOLK
SERIES ── 流域 vol.1

川が、土を搗く —— 筑後川と小鹿田焼

音から、はじまる。小鹿田焼の里・皿山に近づくと、まず聞こえてくるのは、ぎい、ごとん、という重い音だ。唐臼——川の水を樋で受け、シーソーのように傾いては戻る木の杵が、昼も夜も、陶土を搗いている。動力は水。つまりこの谷では、川そのものが、器づくりの最初の工程を担っている。


連載「流域」は、川に沿って手仕事を辿る旅だ。第一の川は九州北部・筑後川。その上流域、日田の山あいにあるこの小さな谷から、下流へ向かって歩きはじめる。

小鹿田焼が開かれたのは1705年。以来およそ300年、この谷の数軒の窯元だけで焼き続けられてきた。技は一子相伝、外からの弟子は取らない。そして器には、銘を入れない。誰の作品か、ではなく、どの土地の道具か。飛び鉋が刻む細かな連続の刃あと、刷毛目のリズム、流し掛けの釉薬——美しさは署名ではなく、手の反復のなかに宿っている。この「無名であること」に、イギリスの陶芸家バーナード・リーチも惹かれ、この谷に滞在した。

ただし、川と生きる暮らしは、川に脅かされる暮らしでもある。2023年の豪雨では、里の唐臼がすべて被災した。唐臼を組める職人は、80歳のただひとり。器は続いているが、器を支える技のほうが、先に消えかけている。この連載が音の話から始まったのは、そのためだ。

皿山へは、日田ICから車で約30分。JR日田駅からは日田バス「皿山」下車、約40分。谷の入り口の小鹿田焼陶芸館(水曜休)で全体像をつかんでから、坂に沿って並ぶ窯元と唐臼を歩くのがいい。毎年10月には民陶祭が開かれる。

次号は、峠を越える。皿山から山ひとつ向こう、福岡県側の小石原へ——小鹿田に技を伝えた、兄弟窯の里だ。

辞書で読む:小鹿田焼 / 地図:川が、線を引く / 連載一覧へ

小鹿田焼 小鹿田焼とは? 棚のためでなく、手のために。九州のひと谷で1705年から挽かれる、銘のない鉄黒の土。 辞書でくわしく読む →