NIPPON FOLK
特集 · Craft · Okinawa

壺屋焼

Tsuboya-yaki
魚が、皿の中を泳ぐ。島の土でできた、暮らしのやちむん。
壺屋焼

那覇・壺屋のやきもの(やちむん)。1682年に三つの窯を統合して生まれ、無釉の荒焼と絵付けの上焼に分かれる。象徴は魚紋。民藝が救い、1976年に国指定。

魚が、皿の中を泳ぐ。

壺屋焼は、那覇の壺屋でつくられる沖縄のやきもの——島の言葉で「やちむん」。一六八二年、琉球王府が各地の窯(美里の知花窯、首里の宝口窯、那覇の湧田窯)を壺屋の地にひとつへ統合したのが、その始まりだ。

壺屋のやきものは、大きく二つに分かれる。ひとつは「荒焼(あらやち)」。南蛮焼の流れを汲み、釉薬をかけずに焼き締めた、水甕や酒甕、油壺などの大きな器。もうひとつが「上焼(じょうやち)」。白い化粧土をかけ、釉をのせて絵付けした、食卓の茶碗・皿・鉢である。

上焼を彩るのは、線彫りや掻き落とし、象嵌、赤絵、そしてイッチンの盛り付け。なかでも魚の文様=魚紋が数多く、壺屋焼の象徴となっている。呉須の藍、飴色、緑。数尾の魚が、皿の中をゆったりと回遊する。泡盛を持ち歩くための三日月形の抱瓶(だちびん)も、この島ならではの器だ。

戦前、本土の安価な陶器が流れ込み、壺屋は一度は苦境に立たされた。それを全国へ紹介して救ったのが、浜田庄司・河井寛次郎・柳宗悦らの民藝運動だった。戦後は登り窯の煙が問題となり、多くの窯が読谷村へ移って「やちむんの里」をひらく。壺屋のやちむん通りには、いまも古い登り窯と工房が残る。一九七六年、国の伝統的工芸品に指定された。

土と火と、島の暮らし。皿の中で、魚は今日も泳いでいる。

行くための情報

沖縄県那覇市壺屋

場所沖縄県那覇市壺屋(やちむん通り)/読谷村やちむんの里
時季通年(工房・窯元・壺屋焼物博物館)
アクセスゆいレール牧志・安里駅から徒歩。那覇空港から市内へ。

買う ・ 作り手

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掲載情報は公式の記載に基づきます(確認日: 2026年8月12日)。日程・内容は変更される場合があります。おでかけ前に公式の最新情報をご確認ください。

1682

王府が知花・宝口・湧田の窯を壺屋に統合、壺屋焼が誕生

戦前

本土の安価な陶器で苦境。民藝運動(浜田・河井・柳)が全国に紹介

1970s

登り窯の煙害・薪窯規制→読谷村へ移窯(やちむんの里)

1976

国の伝統的工芸品に指定

現在

壺屋やちむん通り+読谷やちむんの里で継承

出典・参考 壺屋焼とは(壺屋陶器事業協同組合) · 壺屋焼(Wikipedia)