
岩手の鋳鉄——鉄瓶・急須・風鈴。日本初の伝統的工芸品指定(1975)。一度は消えかけ、いま世界で見直される鉄。
岩手では、いまも水を鉄で沸かす。
南部鉄器は、もともと名前のちがう二つの土地から育った。盛岡では十七世紀、南部の殿様が京から釜師を招き、茶の湯のための釜を鋳させた。水沢はさらに五百年古い。平安の終わり、北の藤原氏が鋳物師を呼び、仏具や鍋釜をつくらせた。ひとつは茶室から、ひとつは仏と竈から。昭和になって二つはひとつの名で結ばれた。旧い藩の名をとって、南部。
土地が、その仕事を可能にした。山の砂鉄と粘土、北上川の川砂で鋳型をつくり、森の木炭で鉄を溶かし、その川がぜんぶを運んだ。
鉄瓶の腹に並ぶ「霰(あられ)」の粒は、鋳型の内側に一つずつ押してゆく。鋳たあとは窯で焼き、錆びず、湯に鉄の味を移さない黒い肌をまとわせる。古い言い方がある——「南部鉄瓶に金気なし」。一九七五年、南部鉄器は、この国が最初に守ると定めた工芸になった。
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鋳型に一つずつ押された、無数の突起。美しさのためであり、鉄に呼吸する面積を与えるためでもある。
水沢で藤原氏が招いた鋳物師が仏具を鋳る。
盛岡藩が京の釜師を招き、茶の湯の釜を鋳させる。
伝統的工芸品 第一号 に指定。