
博多の夏祭り。毎年七月十五日、午前四時五十九分の追い山が頂点。起こりは一二四一年の疫病退散の神事。かつて16メートルもあった山笠は、電線を避けて、走る舁き山と見上げる飾り山に分かれた。国重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産(二〇一六)。
毎年七月十五日、午前四時五十九分。まだ暗い博多の街で、追い山がはじまる。五時ちょうどではない、四時五十九分。先頭の「一番山」だけが、櫛田入りのあとに「博多祝いめでた」を唱和する——その一分ぶんを見込んで、始まりを一分だけ早めてある。歌い終えると、山は夜明け前の街へ駆け出していく。
起こりは鎌倉時代、仁治二年(一二四一)。博多に疫病が流行したとき、承天寺の開祖・聖一国師が施餓鬼棚に乗り、祈祷水を撒きながら町を清めてまわった——これが最有力の起源とされる。疫病を祓うために担いだ棚が、七百八十年つづく祭りになった。
かつて山笠は高く、明治には16メートルにも達した。だが電線が張られると、山が線を切ってしまう。そこで、実際に舁いて走る低い「舁き山」と、見上げる高い「飾り山」に分かれた。櫛田神社の総鎮守に作り山を奉納する神事であり、一九七九年に国の重要無形民俗文化財、二〇一六年にユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つに登録された。いまも男たちは、裸足で、夜が明ける前に走る。
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